名前も知らない三人の女性

寄稿 堀野恭一

文化

一、私が就職活動をしていた時、電車の中で小学5~6年生くらいの女の子に出会った。出入口の近くにいて、鋭い視線を送ってきたから、体がぶつかったかと思ったが、そのようなことはなかった。
 それほど混んではいなかったが、座る席はなさそうだったので、 私も出入口付近にいることにした。その後もその女の子はときどき私の方を見てきた。私の妄想が始まる。女の子が言う。「好きです。結婚してください」。私は彼女の家に行き、父親と対面する。たぶん殴られるだろうと想像する。しばらくした後、さすがにそのようなことは起こらないと分かってきた。親戚のだれかに似ていて勘違いしているのだろうと思った。
 ついに女の子が近づいてきて言った。「この電車は○○に行きますか」「行くと思いますよ」。何ともはっきりしない答え方をしてしまった。女の子はその駅でスカートを少し翻して、ありがとうもなく去っていった。ホームと電車の間に段差があり、「危ないではないか」と私は思った。
 二、私が友人と合わせて五人で海外旅行をしていた時のことである。フランスで電車に乗り、開閉しない方の扉付近にいたところ、何だか荷物を触られている感じがした。その少し後、子どもが走り去ろうとするので、手で肩をつかまえた。向かい合う形になった。この瞬間、私は困ったことに気づいた。女の子だったのだが、とんでもない美人だったのである。自分がイケメンだったら良かったのにと思ったが、仕方がない。「こんなに美しい顔があるのか」と感心した。神の偉大さを感じた。
 しばらく向き合っていた。「何か用ですか。私は何も知りませんよ」という顔をしている。私は「こんなことはしてはいけないよ。相手がいるのだよ」と訴えかける。果たしてどうしたら良いか考えあぐねていたが、頭の中で当時まだ存命だった祖父のような声が聞こえた。「放してやれ」。私が手を放すと、女の子は走り去った。近くにもう一人の女の子がいて、その子が「大丈夫?」と聞き「うん」とうなずいている様子が目に入ってきた。
 その後、盗まれているのが分かり、大使館に電話をし、警察署で報告書を作ってもらった。あの子は私の心も奪ったことに気づいただろうか。
 三、私が昼間からパチンコをして怠惰な生活をしていた時のことである。歩道を歩いていると、前方に美しい女性がいた。やがてバスがやってきて、小学校低学年くらいの男の子が降りてきた。男の子はその女性の子供だった。とても幸せそうだった。
 ふとバスを見ると、目の不自由な人が通う学校のものだと分かった。私は少し泣いた。

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