手水舎の前で滝田さん、後方は馬門稲荷神社

地域の絆 馬門稲荷神社に手水舎寄進

県神社庁から感謝状
茂木町馬門  滝田一夫さん(72)

文化

滝田さんは約40年前、自分の山にヒノキを植えた。3年前、天皇の生前退位が発表された時、元号が変わったら、その木を使い、地域の馬門稲荷神社(昭和56年茂木町指定有形文化財・建造物)にある手水舎を建て直したいと思った。
 馬門稲荷神社は、茂木の市街地を抜け水戸に向かうツインリンクもてぎの数㎞手前の国道123号沿いにある。
 大同2(807)年に創建され、今に残る建物は246年前の安永3(1774)年に建て直された。地域の人たちは「神社周辺には大正時代まで旅館があり、店が並び、五穀豊穣、商売繁盛を祈願する近郷の人でにぎわったそうだ」という。今では一の鳥居と二の鳥居の間を国道が走る。毎年、8月末頃には、氏子の老若男女が参加して嵐除けの「風まつり」が行われ地域住民の信仰を集めている。
 手水舎は、参詣者がお参りをする前に手や口を洗い清める施設。同神社の手水鉢は、179年前に奉納された巨大な自然石で天保十一年と刻まれている。近年は、ベニア造りの手水舎が老朽化していた。今回、ヒノキを使用し、四方が吹き抜けになった4本の丸太の隅柱、銅板の屋根で建てた。
 滝田さんは、学校を終えてから川崎市で大工をしていたが、父親が亡くなったのを機に30年前、故郷の茂木に戻った。しばらくは大工を続けていたが、住宅メーカーなどが進出する時代に大工仕事が生業として厳しくなったため勤めに出ていた。
 手水舎を手掛けるのに大工仕事のブランクがあったが、地域に親しまれている神社のために「自分の生きた証になれば」と、心を込め技術を駆使して建てた。屋根の銅板は氏子の善意の浄財によるもので、手水舎上屋根一式が神社に寄進された。令和元年11月23日、同神社の秋の例大祭で小幡正之宮司により落成式が行われた。
 この篤行に対して県神社庁から滝田さんに感謝状が贈られた。滝田さんは、「多少の不安はあったが形になってよかった」と、笑顔を見せ、手水舎を通じて深まった地域の絆を再確認していた。

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